日常生活起った徒然事を記録しています
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
東京大空襲
2008年03月19日 (水) | 編集 |
月・火と、日本テレビのドラマ「東京大空襲」を観てました。
藤原竜也さんと瑛太さん目当てで観たのだけど、ストーリが重厚で、とても素晴らしい作品でした。
俳優陣は、男女共に豪華そのもの。見ごたえがありました。
しかし、内容は深く考えさせられるものでしたから、しばらくは寝付けず。今日はひどい寝不足です。
月曜日の前半。最初30分は、信Onで生産しながら観てたんですけど、途中から「ゲームなんかやってる場合じゃない!」と止めて、TVに集中しました。
帰宅した旦那様と一緒に鑑賞。火曜日の後編は旦那様公休で、最初から一緒に観てました。

物もなく、娯楽も無く、人を愛する事すらままならなかった時代。たった60年程前の出来事だなんて、とても想像出来ません。厳しい環境下で、おのおのの家族・恋人が、小さな幸せに喜びを見出して暮らしていました。いまなら、誰もが得られる、ありふれた幸せです。それが当たり前じゃないことなんで、想像したことなどありませんでした。
そんなささやかな幸せな時間を、たった一晩、数時間で断たれてしまうなんて・・・。大切な人を守れず、成す術無く失う過酷な現実は、まさに腸を引きずり出されるよりも苦しかったでしょう。業火の中で、苦しみ悶えながら死んでいった人たちの事を思うと、涙が溢れて止まりません。

物語は、東京下町の病院が舞台です。そこに勤める医師・看護婦たちはみな、恋人や夫が出征したり、妻を病気で亡くしています。柴本さんが演じた看護婦の様に、朝鮮人青年と道ならぬ恋に落ちた女性もいました。患者達もそれぞれ悩みや苦しみを抱えつつ、努めて明るく振舞っていたのです。
医師・看護師達も、患者達も、みな心優しく、強い人たちでした。そんな人たちでも、雨のように降り注ぐ焼夷弾から逃れることは出来ませんでした。ある者は爆風で飛ばされ、ある者は建物に閉じ込められ、ある者は業火に焼かれ・・・。抗えぬ炎の前に次々と屈し、命を落として行きました。

涙を拭くのにティッシュ如きでは、足りませんでした。二人で、タオルに顔を埋めて号泣しました。ドラマ終盤、ヒロイン役の堀北さんが、機銃掃射で人々を撃つムスタングに向かい、「やめて!もう誰も殺さないで!殺すなら、私を最後にして下さい!他の人は、助けて下さい・・・。」と叫ぶシーンは、なんともいえない感情が込上げました。気が狂いそうになるほど凄惨な地獄を生き延びたヒロインも、5月の空襲で命を奪われてしまったのです。
少しでも、戦争を体験した人が観たとしたら、このドラマを観てまた違った感慨を得たのでしょうか。恐怖の体験と、戦後の混乱と、全てを思い出してしまって、私なぞが想像出来ぬ程に、苦しいのかも・・・。

暫くは二人とも眠れなくて、モゾモゾしてたんです。
一緒にいる旦那様が暖かいな、この暖かさが突然無くなったら・・・。
時々、側にいるのが当然のように思えてしまうけど、改めて考えてみると、怖い。
彼が今、私の側にいる事を、感謝しなくては。この人を大事にしなくては。
さすがに、面と向かっては、言えませんでした。態度で表したつもりだけど、わかってくれたかな・・・。

私達のおじいちゃん・おばあちゃんは、戦禍を掻い潜って、生き延びた。それで、お父さんとお母さんが生まれて、お父さんとお母さんが巡り合って、私と貴方生まれ、一緒に居るのよね。これって、きっとすごいことよね!

こんな厳しい時代を生きてきた人たちって、本当にタフ。ちっぽけな事に拘って、すぐ争ったりキレたりする現代人って、1930~45あたりの時代に耐えられるのだろうか?
堀北さんが、インタビューで語っていた言葉には同意します。
私が悩むことなんて、他愛ないことばかり。苦しい、つらい!と思うことも、本当は全然たいしたことないのかも。
ちょっと、自分が恥ずかしくなりましたね。



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。