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流星
2008年03月27日 (木) | 編集 |
「流星」は、お市が主人公の歴史小説です。中学校の頃に、父か母の蔵書を読んだのが最初でした
。当時は、美男美女カップルの長政・お市に胸をときめかせ、おっさんな髭の権六は「キモー」と思っていたり・・・w歴史の勉強になるかな?程度の意識で読んでいたので、深部に関しては、ほとんど理解してなかったと思います。
BookOFFで古本を購入し、改めて再読。少女の頃わからなかった「女」の心理に共感を覚えました。


流星―お市の方〈上〉 (文春文庫)流星―お市の方〈上〉 (文春文庫)
(2005/03)
永井 路子

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さまざまな通説があるなかで、本作品におけるお市の立場は『実家の織田家保全が第一』という、氏独得の史観で描かれています。お市は、信長が才智を見込んで、浅井家へ送り込んだ、うつくしい「楔」なのです。それは、かの女自身も承知し、長ずるにつれ理解を深めてゆきます。長政もまた、お市がお家に仇成す敵になり得る事は承知していた、とされています。
それが真実か否かは既に確かめる術がありませんから、そうしたバックグラウンドが「史実」であったと解釈し、本作品を楽しむのが良いと思います。

一番感動的なのは、お市と長政、若く美しい二人の夫婦愛です。
起居共にする夫婦でありながら、互いに守るべき家を持ち、利害が一致しなければ敵になり得る間柄です。現代のありふれた夫婦のように、愛し合って結ばれる間柄ではありません。特別な愛情は無い方が、気が楽だったと思います。
しかし、長政もお市も、互いをひとりの異性として、深く愛し合ってしまうのです。二人とも「家」の呪縛がありますから、愛が深まるにつれ、同じ深さの苦悩が生まれます。
夫の策略を見抜き、兄の危急を「小豆袋」の機知ですくったお市。信長が窮地を脱した夜から、褥で激しく長政の愛撫を求めるお市の気持ち、とても良く理解出来ます。苦しいのは、長政も同じでした。長政も、腕の中にいる妻の全てが自分のものではない狂おしさをぶつけるかのように、お市が気を失うほど激しく愛するのです。みずからと相手の気持ち、立場を知りすぎるがゆえに、悩み苦しむ若い夫婦を描くさまは秀逸そのものです。10年前に、この気持ちが理解出来なかったのは、当然かも知れません。心から愛せる人を得ないと、知り得ない懊悩ですから。

長政自決、息子・万福丸の無残な死、信長の横死、謎多き姉・お犬の死・・・。おおくの悲しみに淡々と耐えた末、お市は嫌っていた柴田勝家の元へ嫁します。本作品では、秀吉の台頭を抑え、凋落する織田家を再興させる為、実直な柴田勝家に賭けた、とされています。自分の親ほどの年齢差があり、無骨で女心の機微を理解しない権六を、お市はどうしても愛せませんでした。
しかし、ロバの様に生真面目な勝家は、部下に対して極めて慈悲深い男でした。直情径行な彼は、裏表が無い為、部下には愛されていたようです。信長も、勝家をバカ呼ばわりしつつ彼を使っていたのは、そうした面を憎からず思っていたのでしょうね。

秀吉に追い詰められ、篭城する勝家に殉じようとする部下が、ひきもきらず集まり、昔語りをします。勝家の傍らで、黙ってそれを聞くお市。死を前にした人間とは思えぬ穏やかさを湛える勝家。そんな彼の中に、かつて、同じ様に自分に別れを告げ、命を絶った長政の姿を見出します。涙が毀れてしまう不思議な場面です。純朴な勝家主従と共に、滅び行く自らの願い。織田家の再興のみを切実に願うだけの女なら、心穏やかに聞いていられなかったでしょう。嫁いだ女は実家へ戻されるのが通例であった時代において、勝家と共に、わが願いを消し去ろうと思ったのは、この時だったのかも知れません。
私個人も、本作品にあるような勝家──単純無骨な猪武者タイプ──は好きじゃないんですね。でも、そうした人の別の面を見せ付けられてしまうと、その人の良さを見ることなく拒否している自分が浅ましい、というか、勿体無い、というか・・・。人の好悪を即断即決してしまうのは、改めた方がいいなあなんて反省しちゃいます。

「幸せか不幸かは、生きてみなければ、分からないものですよ」
おさないお市に嫣然と語ったお濃の言葉が、耳朶に蘇る、壮烈なお市の最期。
お市は、幸せだったんでしょうか、不幸だったんでしょうか・・・?
悔いが無かった事だけは、確かでしょう。
──去らぬだに 打ちぬる程も夏の夜の 夢路を誘う 不如帰かな

母・お市の生き様が、娘達の処世術に大きな影響を与えた事は間違いないと思います。
淀君の過剰な権力志向も、お初の露骨な世渡り術も、「流転を繰り返した幼女時代に戻りたくは無い、母のような最期は迎えたくはない」という気持ちの表れではないのでしょうか。お市が、織田家そして浅井家の血を絶やさぬように、と言い残した事も大きいかとは思うのですが、なによりも彼女達が落城の旅に流転した母と自分達の過去を、二度と味わいたくない、子にも味あわせたくは無い。そう切望するがゆえ、強烈な自己保全に走ったのではないか、と思うのです。お初の人生ををみると、特にそう思います。

氏の小説を楽しむ醍醐味は、永井史観を受け入れた上で、夫婦愛のありさまを味わう事にある!と思います。「朱なる十字架」の細川忠興・お玉(ガラシア)、「山霧」の毛利元就・おかた(妙玖)、そして本作品のお市と、長政・勝家・・・。卓越した筆致で描き出された、さまざまな夫婦愛には、深い感銘を覚えます。




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テーマ:読書感想文
ジャンル:小説・文学
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